芝居をはじめたきっかけ

 

 今おっしゃったように、僕も芝居を始めたり、新宿梁山泊をつくったきっかけは、やはり政治的な環境とは無縁ではないんですね。金芝河さんが敬虔なクリスチャンでありながら共産主義者というレッテルを貼られて死刑判決を受けた。その時に唐十郎が初めて戒厳令下でお芝居をやったんです。ソウルの西江(ソガン)大学で、金芝河が『金冠のイエス』、そして唐十郎が『二都物語』をやった。その頃僕は全く演劇には無縁のところにいて、平凡パンチを見ていました(笑)。それと僕は東海大学の空手部だったんですけど、柔道部にいた韓国青年同盟の方に北海道で芝居に誘われ、それですごい衝撃を受けたんですね。それは金芝河の『チノギ』で、4つのお化けが出てくるんです。お化けは、アメリカであり、日本であり、財閥であり。あの爽快に吹き飛ばす力、それで芝居というものに興味を持って。
東京に帰ってきて民藝友の会に入りました。奈良岡朋子さんの『奇跡の人』を観てまた感動しちゃったんです。文化座の『荷車の歌』も観てすごい世界だなと思った。それから蜷川幸雄さんの芝居を観た時にあのスペクタクルなものに触れて。僕は日本で生まれ育ちながらも、どこか日本社会を否定してきた。統一したら祖国へ帰るんだ、日本は仮の住まいである、と。若い時は日本人に対してあまりいい感じを持っていなかったんですけど、それを観た時にガツンとやられた。僕は日本にいながらこういうものに接したことがなかったんだと。芝居が僕を救ってくれた。虚構だけれども真実を追求するすごい表現だなと。金芝河さんの戦う姿。また蜷川さんのすごい力、日本人てすごいなと。民藝に入るかとも思ったんですけど、唐十郎さんが戒厳令下で金芝河さんとやったことが大きかった。唐さんは、日本人はどこから来たんだ、とパレスチナまで行って西洋アンチテーゼを持ってやられている姿を見て、「あ、ここかな」と。それと、李麗仙さんが大河ドラマに本名で出たんですよ。それまで朝鮮名で芸能活動をされる方はまずいなかったんですね。芸能界もスポーツ界もみんな日本名でやって隠れていた。というか日本人社会を僕らも拒絶していたわけですね。だから差別差別と言うけど僕らの方も差別をしているんじゃないか。そういうところで、あれ、ちょっと違うなと。
ところが唐さんのところ(状況劇場)に入って本名でやって役者として居場所ができたなと思っている時に光州事件が起きて、「何してるんだろう僕らは、日本で」と思った。それで新宿梁山泊をつくったんです。在日が中心になってつくった集団なんですが、他は基本的に三十数名みんな日本人です

 

在日であることと演劇

 

 僕らは日本にいて何を表現したらいいのか。当初から在日にこだわっていたんですけど、途中から在日の表現がそれぞれ違う方向に行きはじめて。民族教育を受けたせいか、僕は統一を願う。でも、もっと自由にやった方がいいという意見とか、あまり政治を持ち込まないとか、もういいじゃないかそういうことは、というふうにだんだん軽くなってきたんですね。でも根っこにあるのは、いまだに分断国家だし、いまだに差別がある。それでいったん唐十郎に戻ろうと。唐十郎は日本人とは何なのかということを突き詰めている、特に堕胎された子どもたちがテーマなんですね。「なぜお母さん、僕たちを捨てたのよ」って襲来するのがメインなんです。それに気づいた時に、あ、満州で捨てられた日本人たちが行き場がなくてこの母国に向かってくるということがテーマなんだ、深いなあと思って。大変難解なんですけど、共通意識ができたことで唐十郎の世界を僕は一生やろうかな、やりながらまた同時代のものをわかりやすい表現でやることも必要だなと。寺山修司とか唐十郎とかアンダーグラウンドをやってきた僕としては、やっと僕が素直に表現できるものを得た。友を得たというか、趙博という方とこれからも在日をしっかりと残していこうと思っています。
在日として、いまだに僕らは帰れないで宙ぶらりんです。だったら宙ぶらりんの世界で、これから我々はどう日本に住んで行くか。ちゃんと文化を持たなきゃいけない。で、この芝居をやったのがきっかけで「怒れる十二人の在日」と言って(笑)、ここに集まって企んでいるんです。ちょっとした施設をつくりたいなと。今、コリアンタウンと言いながらも文化施設がないんですよ。日本の方と一緒に楽しめる基地をつくって、そこから発信していこうと。儲けるだけ儲けて文化施設をつくってこなかったところに問題もあると思うんです。力を結集すればそういうことも夢じゃないなと。あくまで僕らは在日ですから日本の中でどう暮らしていくか、真剣に考えなきゃいけない。そのためには胸を張って誇れる文化が必要です。金大中さんが「これからは文化が武器。経済じゃない」と言っていた。本当にそうだと思います。資本主義の頂点はもう過ぎた、豊かさとは何なのかということは原発が教えてくれている。なのにまた経済、経済ってみんな行くんですけど、たぶんそれは無意味な欲望でしかない。本当の豊かさというものを探りはじめている人も増えてきて、そちらを信じますね。そういうものを発信していくのも演劇だし、唐十郎の演劇を受け継ぎながら僕がそういうことをやろうという時に、文化座さんはそれをずっとやられているわけじゃないですか。


佐々木 昔、太地喜和子さんと飲んだ時に「アングラ観る?」って言われて、「私、好きでけっこう観ますよ」って言ったら、「うん、私も観るのよ。でも自分がやる時は新劇やりたいね」ってことで意見が一致したんですが、それぞれ育った所で叩き込まれたものがあるのでしょうねえ。だから梁山泊も、うちの若い女優たちと青山墓地とか花園神社のテントに出掛けているんですよ。梁山泊のお芝居は、舞台という空間の醍醐味というのかな、抒情的でありながら型破りなところが好きです。私たちも表現としてはもっと幅を広げて、破れた美しさを見つけたいというところがあって……。それこそ梁山泊のお芝居を観たりするとすごく自分が解放されて、いい意味で刺激されます。

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