主要スタッフプロフィール・コメント
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原作:浅田次郎 1951年東京都生まれ。95年「地下鉄(メトロ)にのって」で第16回吉川英治文学新人賞を獲得。以後、さまざまなジャンルの作品を発表。 翌96年の「蒼穹の昴」で第115回直木賞候補となり、翌97年「鉄道員(ぽっぽや)」で第117回直木賞受賞。 その他の作品として「気分はピカレスク」「プリズンホテル」「極道界」「日輪の遺産」。「壬生義士伝」では第18回柴田錬三郎賞受賞。 「天国の百マイル」は、直木賞受賞後、初の長編ベストセラーである。
小説を書いていて、作品の出来不出来というのはないという風に自分では自負していますけれども、 作品それぞれ、自分の子供であると考えたときに、その後の人生の幸不幸というのは、やっぱりこれは如何ともしがたいものがあります。 すごく幸福な人生を歩んでいく小説と、平凡に歩んでいく小説と、あまり恵まれない人生を歩んでいく小説というのがあります。 この「天国までの百マイル」というのは、そういう私の子どもたちの中では最も幸福な人生を歩んだ小説ではないかなと思っています。 発表した途端から、色々な形の媒体から映画化やドラマ化の話が参りまして、また今度はこちら(文化座)から舞台の話までまいりまして、 その都度、多くの方たちに読んでいただけるという大変幸福な作品であります。 この幸福さというのは、この小説の性格にあるのではないかなという風に思っています。どういう性格かというと、これは理屈のない小説なんですね。 とっても分かり易くて、もともとぼくの小説というのはそんな理屈っぽいものではないんですけど、 その中でも、一番理屈抜きで、誰にでも分かるお話じゃないかなって思っています。 ただし、そういう性格の小説であるだけに、これをいざ映画やテレビやお芝居にするという段になると、かえって難しいらしいですね。 つまり、あまりに当り前で、どなたの身の上にも起りそうなことであるだけに神経質にならなければならないし、 言葉のひとつひとつにも気をつけなければならないし、又、妙なことを言うとかえってすごくくさいお話になってしまうというようなことで、 おそらく関係者の方々も大変ご苦労をなさっていると思います。 しかし、そうは申しましても、自分の書いた物語が、このように色々な形でまた観客の方にご覧になっていただけるというのは、 とても嬉しいことでありまして、ぜひ私も舞台の幕が上がりましたら、真っ先に来て拝見いたしたいと思っています。 どうぞ宜しくお願いいたします。
脚本:八木柊一郎 1928年神奈川県生まれ。51年「真木とノオトと二人の女」を発表して、劇作家としてデビュー。 60年安保の時、木下順三、宮本研らと劇作家グループに参加する。 62年「コンベヤーは止まらない」で岸田戯曲賞、70年「空巣」で芸術祭優秀賞。 95年「カラマーゾフの兄弟」ほかで芸術選奨文部大臣賞を受賞。 文化座では「遠い花―汝が名はピーチ・ブロッサム(00年)」「故郷(98年)」「あかきくちびるあせぬまに(89年)」などを執筆。
演出:原田一樹 劇団キンダースペース代表。90年〜91年ACC(アジアン・カルチュラル・カウンセル)の招聘により、ニューヨーク留学。 三重県・石川県中島町・佐世保市など、地域でのワークショップ指導、演出。静岡県舞台芸術センター、彩の国さいたま芸術劇場制作作品演出。 代表作「えれくとら」「新・新ハムレット」(キンダースペース)、三島由紀夫「サド公爵夫人」(公共ホールネットワーク事業)
この作品は余り理屈がないドラマだと原作の浅田先生は仰っていますけれども、ぼくはそこにむしろ色々なものを感じまして 今、劇団の人たちとも一生懸命話し合いながら稽古をしていますが、これはやはり、主人公の安男というのが、 新しい出会いを重ねていくドラマなんじゃないのかなと思っています。 主人公の安男はバブルが弾けたことによって、会社などそれまでに得たものをいっぺん全部失っている。 この失うということが浅田先生の作品のひとつのモチーフになっているんじゃないか、と思います。 何かを失った喪失の中からこそ新しく出会っていけるんだということが 今、浅田先生の小説がこれほど爆発的に読まれているということの理屈じゃないかなあとすごく思うわけです。 戦後、日本はかなり成長してきて、色々なものを一杯得てきたんですが、 それを失ってはじめて見えるものということから出発しなければいけないんじゃないか、 そういう出会いというものをぼくらは忘れているということを先生はやっぱり仰っているんじゃないかな、と非常に思うわけです。
主な出演者コメント
米山実<城所安男> 安男をどう演じるかというよりも安男がどう人と出会うかという所を考えています。 人と人とが深く付き合ったり、面と向かって話をしたりする事が少ない現代、 安男はたまたま「挫折」によって物事と人と命というものに正面から向かわざるを得なくなる。 人は人によって生かされているという根源的な事に気付かされる。 40歳の安男の話は、僕にも、世の中年男性にも、誰にでも起こり得る話だと思います。 「最近ちょっと会ってない友人と会ってみよう」「しばらく顔見せてない母親に会いに行こう」「会話の少なくなってきた女房と酒でも飲んでみよう」 ちょっとした明日への希望が湧く舞台にしたいと思っています。
佐々木愛<マリ> 初め、自分は母親役とばかり思ってました。だから、やせなくちゃあ・・・・・・と。そうしたら、八木先生からマリと言われてビックリ。 今度は、わあー、太らなくちゃ・・・・・・と言う事になりました。 若い頃からこういう役に憧れていましたけど、いざ演るとなると、とても難しいです。今は、学生時代の中間テスト一週間前の気分です。
有賀ひろみ<安男の母・城所きぬ江> 私の演じる城所きぬ江の70年にはどんなことがあったのだろう。 世界大戦、戦後の混乱、結婚、出産、夫の死と、それこそ色々な喜びや悲しみがあったのだろう。 胸を張って「4人の子供を女手ひとつで立派に育て上げた」と言えるその姿には、自信に満ちた気丈さと明るさを感じます。 貧しさの中で、子供の幸せを願い、ひたすら働き続けてきたきぬ江の、末っ子安男への想いを暖かく、明るく、 時にはお茶目な面ものぞかせながら演じたいと思います。
阿部敦子<安男の別れた妻・英子> バブルの崩壊で全てを失った夫・安男が病院までの100マイルを母と二人で走る中で、 人生の再生を見いだしたのと同じように、妻・英子も新しい人生の価値観を、自分の子供達を通して見つけたのだと思います。 家族の幸せとは物質的な豊かさではなく、愛に満たされていることだと。 いつの時代にも変らない母の愛。安男の母が子供達に無償の愛を与えたのと同様に、 バブル崩壊の後で、英子が母として懸命に生きている姿が出せたらと思います。
鳴海宏明<外科医・曽我> 新作に挑む時、未知の世界へ挑戦していく期待感と、初日への恐怖感という相反する感覚が芽生える。 稽古も始まり、初日までのカウント・ダウンが、胃痛として表れてきた。 最高の初日を迎える為に、初心に戻り、情熱を持って、突進していきたい。 その結果として、自分にしか演じられない曽我医師が俳優座劇場の舞台に立っている事を祈って。
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